写真を撮ると魂を取られる、なんてことを昔の人は言っていたそうです。写真が珍しかったからですかね。自分の分身のような出来栄えの写真に、自分の魂があるように思えたのかもしれませんね。
フィルムカメラの時代には無かったかもしれませんが、最近は故人の姿をスマホで撮る遺族もいます。本記事を読んでいただいている皆さまの中には、信じられない!!という人もいるでしょう。ですが筆者としては見慣れた光景です。
写真を撮ると魂が・・・という感覚は、現代にはないかもしれません。
故人を撮っている遺族を見ていますと、写真に残ったのは故人の魂ではなく遺族の未練や想い。悲しく切ない喪失感。これから火葬されて、もう顔が見られなくなることへの心の保険が、撮った写真に残っているのではないかなと感じます。
あの写真を見返すことはあるのかな。
消すとき辛くないのかな。
残しておくのは亡くなったあとの姿でいいのかな。
個人的には生きている時の方がいいです。
亡くなった姿を残せば、その光景から離れられなくなりそうで。
揺るぎない記録としてその光景を切り抜いて残しておくより、時間とともに変化しながら色褪せていく方が自然で。その時の自分が思い返して、故人との思い出に、その時の自分なりの解釈を当てはめながら答え合わせを繰り返す方が、故人とお別れできるんじゃないかな。
あちらの世界で元気に暮らしている故人に逢うのを楽しみにしながら。
その人とたくさんお話しできるといいですね。
